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大阪高等裁判所 昭和39年(う)2160号 判決

本店所在地

兵庫県川西市小花二丁目一九番四号

昭和化学工業株式会社

右代表者代表取締役

松本初枝

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和三九年一一月九日神戸地方裁判所が言渡した判決に対し、被告会社から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 片山恒 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大槻龍馬作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

(一)  控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、被告会社の昭和三五年度の所得を算出するにあたり、同年度期首に簿外資産として、(イ)パラニトロトロール(PNT)六万五一〇〇瓩(一三〇二万円)(ロ)活性炭素一万瓩(二六〇万円)(ハ)ヂエチールMAP一〇〇〇瓩(二〇〇万円)(ニ)螢光染料製品二〇〇〇瓩(二〇〇万円)が存在したのに、原判決は(イ)について五万四一二五瓩(九二〇万一二五〇円)(ロ)について九六〇〇瓩(二四九万六〇〇〇円)の存在しか認めず、(ハ)(ニ)について全くその存在を認めず、その結果同年度の所得を過大に認定したものでこの点において原判決には事実の誤認があるというのである。

しかし、原判決挙示の証拠によると、原判決認定の事実は優に肯認することができる。すなわち、

(1)  PNTについて、前記証拠によると、被告会社が昭和三四年暮から同三五年前半にかけてPNTを簿外で購入したこと、そして同三六年四月から同三八年四月までの間右簿外のPNTのうち合計三万九一二五瓩を巴化成、日新商店から仕入れたように仮装して本勘定にいれたが、同三八年六月現在右簿外のPNTがなお三万瓩残存していたことが認められ、これによると、被告会社が簿外で購入したPNTの総量は六万九一二五瓩であることが明らかであるから、右総量のうち昭和三五年中に購入した量が判明すれば自ら昭和三五年度期首における簿外の量も判明するわけである。そこでこの点について考えるのに、被告会社の元代表取締役松本増雄の収税官吏に対する昭和三八年六月一九日付、一〇月一一日付各質問てん末書によると、被告会社が昭和三五年中に簿外で購入したPNTの量は約一万五〇〇〇瓩であることが認められ、右認定に反する原審証人西住貞男の証言は被告人の右各質問てん末書と対比して信用できず(同証人も「昭和三五年一月一日以降PNTを簿外で仕入れたことが全くないとはいい切れない」と証言している)、記録を精査しても右認定をくつがえすに足る証拠はない。そうすると、前記簿外で購入した総量六万九一二五瓩から右昭和三五年中に購入した量一万五〇〇〇瓩を差引いた五万四一二五瓩が被告会社の昭和三五年度期首におけるPNTの簿外資産の量であると認定するに難くなく、右認定に反する松本増雄作成の陳情書、原審証人西住貞男の証言は、いずれも昭和三五年度期首における簿外PNTの量算定の基礎を専ら同年以降昭和三八年に至るまでの簿外PNTの消費量に根拠をおいているのであるが、右消費量の正確性をうかがわせる資料は何ら存しないので、右陳情書、証言はいずれも容易に信用できないのである。

(2)  活性炭素について、松本増雄の収税官吏に対する昭和三八年一〇月一一日付質問てん末書によると、昭和三四年末に存した簿外活性炭素はすべて昭和三五年から同三八年にかけて日東化学から仕入れたように仮装していて、その総計は九六〇〇瓩であると認められ、松本増雄の陳情書に記載されている「簿外活性炭素一万瓩」というのは「約一万瓩」の趣旨であることが明らかであつて、記録を精査しても他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

(3)  ヂエチールMAPおよび螢光染料製品について

松本増雄の検察官に対する供述調書によると、ヂエチールMAPと螢光染料製品はいずれも不良品であつて、昭和三四年から同三五年にかけて少しづつ、前者は通常原料にまぜて使用し後者は通常製品にまぜて売却したことが認められ、たとえ昭和三五年度期首において両者がいくらか残存していたとしてもほとんど無価値のものとして簿外資産に計上するほどのものでなかつたことが明らかである。松本増雄作成の陳情書によると、昭和三四年末に前者が一〇〇〇瓩(二〇〇万円)、後者が二〇〇〇瓩(二〇〇万円)簿外資産として存在していたというのであるが、原審証人西住貞男、同小林大哲の各証言によつても右数量の根拠はあいまいであり(ことに後者については品目すら明らかでない)、両者が不良品であつたことを考慮にいれると右価額はとうてい信用できず、右陳情書、各証言をもつても前記認定を左右するに足りない。

結局以上のとおり原判決の事実認定は相当であつて、その他所論にかんがみ記録を精査しても原判決の事実認定に所論のような誤りを発見することはできない。論旨は理由がない。

(二)  控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論にかんがみ記録を精査し所論の諸点ことに被告会社が本税、重加算金、延滞金等をすべて完納していることを十分考慮しても、原判決の量刑が重きにすぎるものとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村澄夫 裁判官 瀧川春雄 裁判官 村上保之助)

昭和三九年(う)第二一六〇号

控訴趣意書

法人税法違反 昭和化学工業株式会社

外一名

右被告事件につき昭和三九年一一月九日神戸地方裁判所が言い渡した、判決に対し控訴を申し立てた理由は左記のとおりである。

第一点、原判決は事実の誤認があつてその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

原判決には罪となるべき事実として

「被告会社は兵庫県川西市小花字中川原五番地に本店を置き染料及び中間物の製造、加工販売を営業目的とする株式会社であり、被告人松本増雄は右会社の代表取締役としてその業務の全般を統轄処理しているものであるが、被告人松本増雄は被告会社の業務に関し法人税を免れる目的をもつて、いずれも架空仕入及び仮装仕入れ計上」、これに対する支払名目で資金を簿外に蓄積するなどの方法により所得を秘匿し

第一、昭和三五年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度において、被告会社の課税標準となる実際所得金額は三、二七八万七、六七〇円でこれに対する法人税額は一、二一八万五、〇四〇円であつたのに拘らず、同三六年二月二八日同県伊丹市伊丹字溝口所在伊丹税務署において同税務署長に対し、被告会社の右事業年度における前記の所得金額は一、〇六八万一、一五八円でこれに対する法人税額は三七八万四、五七〇円である旨虚偽の確定申告書を提出し、もつて詐欺その他不正の行為により正当法人税額と申告法人税額の差額である法人税八四〇万四七〇円を逋脱し

第二、同三六年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度において、被告会社の課税標準となる実際所得金額は三、三二五万九、二八一円でこれに対する法人税額は一、二一八万一、五七〇円であつたにも拘らず、同三七年二月二七日前記伊丹税務署において同税務署長に対し被告会社の右事業年度における前記の所得金額は七八三万三、〇一九円でこれに対する法人税額は二四七万二、八一〇円である旨虚構の確定申告書を提出しもつて詐偽その他不正の行為により正当法人税額と申告法人税額の差額である法人税九七〇万八、七六〇円を逋脱し

第三、同三七年一月一日より同年一二月三一日までの事業年度において、被告会社の課税標準となる実際所得金額は四、二〇二万六、二九一円でこれに対する法人税額は一、五五九万二、四八〇円であつたのに拘らず、同三八年二月二六日前記伊丹税務署において同税務署長に対し、被告会社における右事業年度における前記の所得金額は一、三五三万四二円でこれに対する法人税額は四七六万四、八五〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出しもつて詐欺その他不正の行為により正当法人税額と申告法人税額の差額である法人税一、〇八二万七、六三〇円を逋脱し

たものである。

と判示し

右認定の証拠として

一、被告会社代表者兼被告人松本増雄の当公判廷における供述

一、被告会社提出にかかる昭和三五年、同三六年、同三七年各事業年度の所得金額法人税額確定申告書

一、証人河村一、同西田良平、同西住貞夫、同小林大哲の当公判廷における各供述

一、武村弘、曾我正三、貝手倉博の収税官吏に対する各質問てん末書

一、長沖寿次の検察官に対する供述調書

一、収税官吏作成の協和銀行難波支店、同今里支店、同明石支店、同三国支店、神戸銀行川西支店、同板宿支店、同尼崎支店、同三田支店、同阿倍野支店、住友銀行池田支店、日本信託銀行浅草支店、同京都支店、大阪銀行船場支店、同西野田支店、同淡町支店、商工中金和歌山支店に対する各調査報告書

一、日本信託大阪支店作成の確認書と題する書面

一、収税官吏作成の被告会社、被告人松本増雄方、神戸銀行川西支店、大阪銀行船場支店、協和銀行三国支店、同難波支店、同明石支店、住友銀行池田支店、日東化学、渋谷、感方、武村、弘方、松本保雄方、被告人松本増雄本人についてなした各現金預金有価証券等現在高検査てん末書

一、住友銀行池田支店ほか一〇銀行に対する大阪国税局のなした裏書照会の回答書綴

一、日本信託銀行浅草支店ほか一〇五銀行に対する大阪国税局のなした取立口座照会の回答書綴

一、西田良平及び河村一の検察官に対する名供述調書に添付された収税官吏作成の日東化学等に対する架空仕入明細、仕入状況取立状況明細表

一、収税官吏作成の脱税額計算書三通

一、被告人松本増雄の収税官吏に対する全質問てん末書

一、被告人松本増雄の検察官に対する全供述調書

一、押収してある被告会社の手形受払帳四冊(昭和三四年度から同三七年度で順次証一号)同会社の買掛元帳(昭和三四年度及び同三五年度各一冊、同三六年度二綴、同三七年度三綴順次証五号ないし八号)登記済権利証一綴(証九号)日東化学(株)の手形受払帳四冊(昭和三四年度から同三七年度まで順次証第一〇号ないし一三号)、同会社の仕入帳(昭和三四年度から同三六年度まで順次証第一四号ないし一七号)

を掲記している

原審において争点となつているのは

1 昭和三五事業年度における所得金額は期首簿外在庫

パラニトロトロール(PNT) 六五、一〇〇瓩 (一、三〇二万円)

活性炭素 一、〇〇〇〃 (二六〇万円)

ヂエチールMAP 一、〇〇〇〃 (二〇〇万円)

螢光染料製品 二、〇〇〇〃 (二〇〇万円)

合計 一、九六二万円

なる弁護人の主張に対し

PNT 五四、一二五瓩(九、二〇一、二五〇円)

活性炭素 九、六〇〇〃(二、四九六、〇〇〇円)

合計 一一、六九七、二五〇円

のみを認め、差額七、九二二、七五〇円を否認していること

2 昭和三五、三六、三七各事業年度における架空仕入数量は完全には確定できず、従つて別口貸借対照表における支払手形の額については検察官主張の額が必ずしも正確でないこと。

の二点であるが、原判決がこれらの主張を排斥し起訴状記載の公訴事実を全面的に認容しているのは少くとも右1に関する限り経験法則を無視し証拠の価値判断を誤りひいて事実を誤認したものである。

昭和三四年一二月三一日現在における簿外在庫が前記弁護人主張のとおり存在していたことは被告人松本増雄が昭和三八年九月大阪国税局長宛に提出した陳情書に記載しており以後一貫して主張するところである。

しかもその数量は最低限度として貰えるという確信の範囲にしぼつて記載したのである。

唯検察官の面前で一時この陳述を撤回しているのは、第六回公判期日において

「自分の非を悟り納税も全部していますので今更それをいうとかえつて心証を悪くするといかんと思つてそのとおり言つたのです」

と述べているとおり真意に基づいたものでないことは明らかである。殊に原審証人西住貞男は昭和三四年一二月三一日現在の簿外在庫について

パラニトロトロール 六二、一〇〇瓩

は独身寮建設前の空地に野積みにしてあつたもので、右数量は最少限度を表わしたもので、現場写真帳五九枚目の中央附近に写つているドラム缶と同様のものが五百六、七十本あつた旨供述しており(第五回公判調書中証人西住貞男の供述部分)その他活性炭素、ヂエチールMAP、螢光染料製品の簿外在庫が少くとも陳情書記載の数量だけあつたとの被告人松本増雄、原審証人西住貞男の供述の虚偽でないことは現場写真帳の工場内における製品材料の保管状況からしても明白であり翌年度の昭和三五年一二月三一日現在の棚卸でさえ翌三六年伊丹税務署の調査によつて合計六、五三二、三三〇円という増差(簿外在庫)が発見されていることからも窺い知ることができる。

検察官は国税査察官が右の陳情書記載の事実を認めなかつたことを踏襲してそのまま起訴に及び原審裁判所も亦公訴事実をそのまま認容されているが、本件のごとき簿外在庫についてこれを記帳した物的証拠がなければたとえ真実であつても認められないとすれば事実認定は全く国税査察官の独断となり被告人にとつて極めて苛酷な結果となるのである。

本件簿外在庫については被告人が検察官の面前や法廷で急に供述し始めたのではなく査察当初から供述していたのであり右供述は工場の現況、原審証人西佳貞男、同小林大哲の証言と対比しても十分首肯できるところである。

以上の理由により原判決中第一の事実については昭和三五事業年度の所得は七、九二二、七五〇円を差引いた二四、八六四、九二〇円と認定しなければならないのにこれをしなかつた原判決は経験法則を無視し採証の法則を誤り、ひいては事実を誤認したもので、この点において原判決は破棄を免れない。

第二点 原判決の刑の量定は著しく重く不当である。

1 原判決は、第一点掲記の罪となるべき事実を認めた上

被告会社を判示第一の事実につき罰金一六〇万円に

同第二の事実につき罰金一八〇万円に

同第三の事実につき罰金二〇〇万円に

被告人松本増雄を懲役八月(二年間執行猶予)に

処しているが左に述べる理由により右刑の量定は著しく重きに失する。

2 被告会社について

被告会社は本件調査に基づき法人税(本税重加算税、過少申告加算税、利子税)事業税(本税、重加算金延滞金)県民税(本税延滞金)市民税等として三ヶ年分合計七八、五一一、二〇〇円という重税を完納しておりその金額は原判決に表われた三ヶ年の増差所得七六、〇二九、〇二三円を上廻つているのである。

しかも右増差所得は銀行預金、原材料等で構成されているが税の納付は現金のみしか許されないので、被告会社としては右各税の完納によつて企業活動の原動力である現金資本を吸い上げられ十分な証罪をしているのに更に本件刑事処分によつて合計五四〇万円の罰金を納付しなければならないとすればその負担は極めて重く且つ右罰金は税法上損金として取扱われないために被告会社の次期決算に影響するところが大きい。

3 一般には間接税の犯則者は通告処分の旨を履行しない時はじめて告発され収税官吏の手を離れて刑事処分に移行されるのに比し直接税における犯則者は前記のごとく本税重加算税利子税等々の納付義務があると共に刑事上の処罰も併行してなされるのは制度自体均衡を失するものである。所得を秘匿したまま故意に会社倒産を出来せしめ納税義務を免れるような場合はとも角堂々事業を継続して犯則所得に対する納税義務を完遂し、さらに今後所得の増加を図りひいて納税奉公に尽力せんとしつつある法人ならびにその経営者の処罰については最大の考慮が払われねばならない。

4 現行法人税法体系では国税地方税を併せるとその額は法人所得の約五三パーセントを占めておりその所得は資産増減法によつて算出されるが故に現金を税に吸い上げられたあと不良資産のみが計数上の利益として残存する例が多い。この現象は現金で支給を受ける俸給生活者の到底想像できないところであり重税は経営者の努力貯蓄意慾を阻害するもので経営者を脱税へと狩り立てる結果となつているのである。

5 被告人松本増雄について

被告人は前科なく五名の子女を有する堅実な家庭の中枢でありかつ被告会社の事業を通じて毎年数千万円の外貨獲得に貢献している真摯な実業家であつて愛社精神が強く社員の信望極めて厚く本件犯行後は正常な経理を実行していて改悛の情極めて顕著である。

6 前記諸点に鑑みると原判決の被告会社に対する罰金刑は重きに失するので当然に減額さるべく、被告人松本増雄に対してはその社会的地位を考慮され今後実業家としての活動に妨げとならない様罰金刑を選択して処断されるのが妥当と思料する。

以上の理由により原判決を破棄してさらに相当の御裁判を仰ぎたく本件控訴に及んだ次第である。

昭和四〇年二月一〇日

弁護人弁護士 大槻龍三

大阪高等裁判所第六刑事部 御中

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